教室の窓はなぜ必ず「左側」? 明治時代から続く“光の設計”の秘密
「みなさんの記憶の中にある教室、窓はどちら側にありましたか?」
そう尋ねると、多くの方が黒板に向かって「左側」と思い出されるのではないでしょうか。
実際に、今私が教えている生徒たちに聞いてみても、
「えーっと……左かな?」
と答える子がほとんどです。
でも、実はこれ、たまたまそうなっているわけではありません。
日本の学校建築には、100年以上も前から続く、ある“決まりごと”があるのです。
今回は、ふだんは気にも留めないような、でも知るとちょっと誰かに話したくなる――。
そんな「教室の窓の秘密」についてご紹介します。
明治時代に決まった「教室のルール」
教室の窓が左側にある理由は、なんと明治時代までさかのぼります。
1895年(明治28年)、当時の文部省(現在の文部科学省)が定めた学校建築のガイドライン「学校建築図説明及設計大要」に、その根拠が記されているのです。
この中に、教室の設計について次のような記述があります。
「教室ノ形状ハ長方形トシ、室ノ方向ハ南又ハ西南、東南トシ、凡テ光線ヲ生徒ノ左側ヨリ採ルヲ要ス」
少し古い表現ですが、現代の言葉に置きかえると、こんな意味になります。
- 教室は「長方形」にすること
- 窓は「南向き」(または東南・西南)にすること
- そして、光は「生徒の左側」から入るようにすること
つまり、国が定めたルールとして、「光は左から入れるべし」と明記されていたのです。
なぜ「左側」からの光にこだわったのか?
では、なぜそこまでして「左側」からの光にこだわったのでしょうか?
その理由は、ずばり——「右利きの人が多いから」です。
今のように明るい蛍光灯やLED照明がなかった時代、学習に使える光といえば「太陽の自然光」だけでした。
そんな中で、もし窓が右側にあったらどうなるでしょう?
右利きの子どもがノートに文字を書くとき、自分の手の影が手元に落ちてしまい、暗くて書きづらくなってしまうのです。
- 右側からの光:手の影でノートが暗くなり、書きにくい
- 左側からの光:手元が明るく照らされ、影ができずに書きやすい
子どもたちの目を守り、快適に学べる環境を整えるためには、「左側から光を入れる」ことがとても大切だったのですね。
こうした右利きへのやさしい配慮と、当時の照明事情が重なって、 「教室の窓は左側」という設計が、全国の学校に広がっていったのです。
なぜ窓は「南向き」が多いの?
ちなみに、ガイドラインに記されていた「窓は南向きにすること」にも、ちゃんとした理由があります。
- 南向きは、一年を通して日照時間が長い
- 授業が行われる時間帯に、安定した明るさが得られる
北向きの窓では光が足りず暗くなりがちですし、東や西向きだと時間帯によって直射日光が強すぎて、まぶしさの原因にもなります。
その点、南向きの窓は、学習にちょうどよい自然光を取り入れられる最適な方角だったのです。
こうして、「窓は南側、黒板は西側」という配置が一般的になり、 結果として、生徒の左側に窓がくる設計が全国に広まっていきました。
【豆知識】美術室だけは「北向き」の不思議
ここでひとつ、ちょっと面白い“例外”をご紹介します。 実は、「美術室」だけは窓が北向きに作られていることが多いって、ご存知でしたか?
絵を描いたりデッサンをしたりするとき、太陽の動きによって直射日光の角度が変わると、モチーフの影の形もどんどん変わってしまいます。
これでは、じっくり観察して描くのが難しくなってしまいますよね。
そこで、美術室では一日を通して光の変化が少なく、直射日光が入りにくい「北側の光」が好まれるのです。
それでもやはり、座席の配置には工夫がされています。
多くの美術室では、光が「左側から入る」ように設計されていて、ここでも右利きの生徒への配慮がしっかりと生きているんですよ。
まとめ:窓ひとつにも込められた、先人のやさしさ
私たちが何気なく過ごしてきた教室の「窓が左側にある」という当たり前には、 子どもたちが少しでも快適に学べるように——という、明治時代から続く“光の設計”の知恵が込められていました。
その背景には、 「照明器具のない時代に、どうすれば自然光を最大限に活かせるか」 という切実な課題と、子どもたちの学びを支えたいという細やかな配慮があったのです。
ちなみに、教室の設計には光だけでなく、 風通しのよさや、先生の声が届きやすい音の反響なども、しっかりと考えられているそうですよ。
窓の位置ひとつにも、こんなに深い理由がある——。 そう思って見渡してみると、いつもの教室の風景が、少し違って見えてくるかもしれませんね。


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